2009年12月01日

東京未来大学にて


ゆかです。

またしても直前のご案内で
申し訳ありませんmm

12月4日(金)
東京未来大学の未来ホールにてLIVE
のお知らせです!

今回は、映画「ストーンエイジ」の上映、
そして白鳥監督のお話しとご一緒させていただきます!
(ストーンエイジ&白鳥哲さんについてはコチラ)
http://tetsushiratori.hp.infoseek.co.jp/profile.html

ゆかLIVEは、花さんと。
今回、初合わせの歌も準備しています(*^^*)ドキドキ。

深く、魂にひびく体験になりそうです。
ご都合つく方は、ぜひ。

東京未来大学のみらいホールは
ヨーロッパのチャペルを思わせる
こじんまりとした静謐な空間です。
心静かに癒されにいらしてください。


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東京未来大学
クリスマス・ファミリーコンサート
映画「ストーンエイジ」&ライブ
こどもの心を見つめて

映画「ストーンエイジ」上映
白鳥哲監督&星野ゆかトーク
星野ゆか&Percussion花 LIVE

2009年12月4日(金)18:00開始
会場:東京未来大学みらいホール
入場料500円(自由席)
対象:中学生以上
アクセス:
東武伊勢崎線「堀切駅」徒歩2分
京成本線「形成関屋」徒歩8分
http://www.tokyomirai.ac.jp/access/index.html
主催:東京未来大学  東京都足立千住曙町3412
問い合わせ:東京未来大学事務局 0358132525
メールアドレス:info@tokyomirai.ac.jp

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2009年11月10日

イラク戦争を見つめ直す


ようやく、そのときがきました。

立ち上げてくれたみなさんの顔を思い浮かべて
胸がいっぱいになります。

ひとりひとりが
歴史の作り手である
という実感を持って・・・。



*************設立趣意書************

皆さま

このたび、イラク戦争の検証を求める市民グループが旗揚げしました。
政権交代に伴い、日本の外交や国際貢献のあり方が論議されていますが、
イラク戦争支持・支援が問い直されないままでは、
私達は前に進むことができないでしょう。
むざむざと殺されたイラクの人々の無念を晴らすためにも、
民主主義国家としてのアカウンタビリティーを示すためにも、
政府が調査委員会を設立するよう求める、国民的な運動を広げていく。
10日のキックオフ院内集会は、その第一歩となります。
是非、多くの方々にご参加いただければ幸いです。

【日時】11月10日14〜15時(13時半開場) 
【場所】衆議院第二議員会館第四会議室
【主な内容】
13:30 開場
14:00 挨拶・趣旨説明
14:05 発起人・呼びかけ人から
(池田香代子、高遠菜穂子、谷山博史、野中章弘)
14:25 国会議員から
14:45 今後の行動について
14:50 メディア質疑応答
15:00 閉会・撤収 


イラク戦争何だったの!?
―イラク戦争の検証を求めるネットワーク
設立趣意書

この度、私たちイラク支援やイラク報道、反戦運動に関わった者たちは、旧政権によるイラク戦争支持・支援の検証を新政権に求め、広く呼びかけていくことにしました。

2003年3月、世論調査で8割の人々がイラク戦争に反対していたにもかかわらず、小泉純一郎首相(当時)はこれを無視し、国連安保理決議を得ていない米国の攻撃を支持しました。しかしその後、開戦の最大の根拠であった「イラクは大量破壊兵器を保有している」という情報も誤りであったことが判明し、ブッシュ元米大統領もそれを認めました。にもかかわらず戦争は拡大され、イラク市民・多国籍軍兵士の死者数はさらに増えていきました。日本は「人道支援」の名目で自衛隊を派遣しましたが、2009年10月、防衛省の情報公開により、イラクにおける航空自衛隊の活動の大半が米軍などの多国籍軍の兵員・物資の輸送であったことが明らかとなりました。 

イラク戦争は、最悪レベルの人道危機をもたらしました。WHO(世界保健機構)の推計は民間人15万人が殺されたとし、ジョンズ・ホプキンス大学の調査のように数十万人単位が殺されたとする推計もあります。そして現在もなお、使用された劣化ウラン弾やクラスター爆弾などによる被害は後を絶ちません。治安も安定せず、毎日10人以上の市民が、攻撃や爆弾テロ等で命を失う中、イラク国民の約6人に1人が国内外で避難生活をおくり、その多くが極度の貧困にあえぐなど、状況はむしろ深刻化しています。

これを直視するか否かは、平和国家・民主主義国家としての日本のあり方が問われる問題でしょう。既に英国では、イラク戦争参戦の経緯や軍事攻撃の合法性について検証する独立調査委員会が設置されました。今後、私たち日本の市民の平和的生存権が尊重され、戦争への加担を繰り返さないためにも、殺されたイラクの一般市民の無念を晴らすためにも、日本においてもイラク戦争支持・支援の是非の検証が行われるべきです。そのために、私たちは以下のことを求め、活動していきます。


1)「イラク戦争支持の政府判断に関する見直し」「自衛隊イラク派遣の判断の是非」「イラク復興支援への日本の関わり」の3点を検証する、独立の第三者委員会を政府が設立すること。同委員会が、事実関係についての情報開示や調査を行い、個人も含めた道義的・法的な責任の所在を明らかにすること。

2)調査委員会による検証や、そのプロセス、最終報告などが、最大限公開され、誰にでもアクセスできるようにすること。

3)検証による最終報告を受けての、日本政府としての見解を国内外に発表するとともに、必要とされる人道支援、被害者支援を行うこと。


呼びかけ人:
池田香代子(翻訳家/世界平和アピール七人委員会)
鎌田實(医師)
川口創(自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会)
佐藤真紀(日本イラク医療支援ネットワーク事務局長)
高遠菜穂子(イラク支援ボランティア)
谷山博史(日本国際ボランティアセンター代表理事)
野中章弘(アジアプレス代表)
志葉玲(ジャーナリスト)

本件についてのお問い合わせは、regretiraqwar@gmail.com
または 090-9328-9861(志葉)まで。


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2009年11月04日

七五三のいちにち


七五三のお参りに行って来ました。




そう、なんと、もう、七五三!!


うわあーーー
びっくりだーーーー



夏の終わり頃から、
「今年は海那は七五三だからね。」
と ばあばに言われて、

最初は、
「?」

だった海那。



10月には
キモノと、かかとの高いキレイな草履の
リハーサルをして、

かっかに、
「じいじと、ばあばと、じとと、かっかとあまなのみーんなで
神社の神さまのとこに行って、
『海那はここまで元気に大きくなりました、
いつもどうもありがとうございます。
これからも見守っててください』って
ごあいさつにいくんだよ」

と なんども言われて、


どうやらなにか
自分が主役の
特別なイベントなんだなあ
ということを感じ取っていた様子の海那。



部屋に飾ってある着物を見ては、

「あしたシチゴサン?
かみさまのところに ごあいさつにいくの?」

と、ワクワクを募らせていた海那。



ついにその日がやって来ました。



母は、久しぶりにワンピースを引っ張り出し、
父もスーツにネクタイといういでたち。

思えば、二人揃ってそんな正装をしたのは
結婚のご挨拶のとき以来かも・・


と思えば、


その二人と手をつないで、
一個のちいさな人間が、
かみさまにごあいさつに行くんだ
という意志を持って
自分の足で歩いている、
ということに
奇跡 を感じずにいられませんでした。



着物を着て、
待ちきれずにひとりで外に出た途端、
びたんっ!と前につんのめって転倒、顔に泥。
早くも大泣き。

いつもの草履と違って
かかとの高いつるつるした草履はとっても歩きにくそう。


それでも、私が
「この草履、脱ぐ? 脱いでいいよ。」
と言うと、
うつむき加減に首を振って
「うううん」
と答えるのでした。



神社の参道は、ほかの七五三の親子連れや参拝客でいっぱい。


にぎやかななかを、歩きにくい足元を気にしながら
かつてなく慎重に歩く海那。
まるで命綱のように両手をしっかりつないで。


それなのに・・
また20歩も歩いたかと思うとすべって転んじゃう。
なんどもなんども。
ああ、母はそのたびにはらはらです。
なんど、この草履を脱がせてしまいたいと思ったことか。

でも、玄関先で転んだとき以外
それからは何度滑っても、転んでも、一度も泣きませんでした。



ようやく境内にたどりついて、
お参りの番がまわってきて、

父親に抱っこしてもらって
ごあいさつをすると、

あいさつより、みんなの投げるおさいせんが気になって・・

父の抱っこから降ろしてもらうと、
今度は足元の砂利が気になって・・

もうそのちっちゃな石を拾わずにはいられませんでした。


きれいな着物を着たまま
なんのためらいもなく
地面にしゃがみ込んで
無心に石を拾う海那。


彼女のまえに
神社も、神様も、七五三も、お賽銭も、足元の小石も
みんなひとしいんだ。

そのひとしい眼差しに
こんなにも自分はうたれるんだということに気がついた。
ああ、小さな神さまがここにいる。


ちっちゃな巾着に、大事に大事に
砂利の石を入れて(ずっしり)
満足して紅潮した海那の顔を
私は一生忘れないよ。


わたしが、
「あまな、ちゃんと神さまに
いつもありがとう、これからも見守ってください、
って言えた?」
と聞くと、
「ぜんぶ(は)いえなかった」
という正直な返事。

そこで、
「じゃ、もういちど、かっかと一緒に言おうね」
と言って、


「かみさま、
あまなはここまでげんきにおおきくなりました。
いつもどうもありがとうございます。
これからも、どうか、みまもっていてください」

と私が言うと、

あまなも手を合わせて
ひとことずつ、ゆっくりと復唱して、
それはそれはていねいなお辞儀をしてくれました。


その声を耳元で聞いて、
母はかみさまに、

「かみさま、こんなうつくしいひとを
わたしたちのもとへ送ってくれて
どうもありがとうございます」

と祈らずにはいられませんでした。



参拝が終わって、
写真屋さんでみんなで写真を撮って、
じいじとばあばのおうちに帰って、
いとこのみんなといっぱい遊んで、
ごちそうを食べて(おすし!)
あまいあまいケーキもいただいて(クリームいっぱい!)
お風呂に入って、


七五三がぜーんぶ終わって
家に帰って来てきてから、


「今日は楽しかったね!」
と言うと
「うん!」
と大満足の様子。


「今日は何がいちばん楽しかった?」
と聞くと、

「ピカちゃん」(写真屋さんのスタジオにあったピカチュウ)。

との即答。



「今日の草履、すべって歩きにくかったね。
どうして途中で『ぬぐ』って言わなかったの?」
と聞くと、

「だって、だって、きょうはシチゴさんだから
だからあまな、がんばったの」

と、ちょっと愁いをおびた顔でうちあけてくれました。



ああ、
そうだった・・・・


あまなは、自分のことを祝ってくれている
みんなの気持がわかって、
それに応えたいって思っていてくれたんだ、


七五三の3歳っていうのは
そんな「意思」を持ち、それを実行できる歳なんだ、

って思ったら

ふと
3歳のときの自分があらわれて

あのときの、
着物の苦しさ、草履の歩きにくさ、
早く脱ぎたくてたまらないけど
みんなを喜ばせたくて
一生懸命がんばった気持が
どっとよみがえって来た。


そうだった、
自分はいつもお父さんやお母さんを喜ばせて
いいお顔が見たいって思ってたんだってことを
思い出して・・・


胸がいっぱいになってしまった。


そうだね。
こどもは、いつも、親のことを気づかって
親に幸せになってほしいってねがっているんだよね。


親が子どもを見ているように
子どもは親を見ている。


海那が、いつも私に
「かっか、いいお顔して」
と言うのは
そういうことなんだよね。


子どもにとって一番のしあわせ、
って、
それはつまり、
親自身がしあわせであることにほかならない。


親が、
心から
自分を愛し
自分のしていることを愛し、
自分の人生を愛していること。


3歳という、人生の節目に
そんな大切なことを身をもって教えてくれた海那。


いつもいつも、
ホントに
ありがとう。


かみさま、ごせんぞさま。
いつも私たちをまもってくれてありがとう。

七五三という習わしのおかげで
日常よりいっぽ離れて
自分たちのすがたを観ることができました。
ありがとう。


そして
いつも私たち家族を
みまもってくださっているみなさん
ありがとう。



これからもどうぞよろしくおねがいします。





2009年11月1日

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2009年10月23日

詩 「かすかな光へ」 谷川俊太郎さん

詩をひとつ。


だいすきな、だいすきな
谷川俊太郎さん。

読むたびにどうしても涙が出てきてしまう。
なぜ?

谷川さんのいる日本に生まれ、
その詩の世界に触れながら育ったことは
私のしあわせのひとつ。



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「かすかな光へ」  谷川俊太郎


あかんぼは歯のない口でなめる
やわらかいちいさな手でさわる
なめることさわることのうちに
すでに学びがひそんでいて
あかんぼは嬉しそうに笑っている


言葉より先に 文字よりも前に
波立つ心にささやかな何故?が芽ばえる
何故どうしての木は枝葉を茂らせ
花を咲かせ四方八方に根をはって
決して枯れずに実りを待つ


子どもは意味なく駆け出して
つまずきころび泣きわめく
にじむ血に誰のせいにもできぬ痛みに
すでに学びがかくれていて
子どもはけろりと泣きやんでいる


私たちは知りたがる動物だ
たとえ理由は何ひとつなくても
何の役に立たなくても知りたがり
どこまでも闇を手探りし問いつづけ
かすかな光へと歩む道の疲れを喜びに変える


老人は五感のもたらす喜怒哀楽に学んできた
際限のない言葉の列に学んできた
そしていま自分の無知に学んでいる
世界とおのが心の限りない広さ深さを



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「Beautiful Islands」ビューティフル・アイランズ


東京国際女性映画祭に、行って来ました!


友人の映画監督、海南友子さんの新作、
「Beautiful Islands ビューティフル・アイランズ」を観て来ました。
http://kanatomoko.jp/beautiful/index.html


この数年、南に北に、とロケに出ていることの多かった海南さん。

「シシマレフ、めちゃくちゃ寒かった!」と言ってたと思ったら
「ツバルはホントにきれいなところだったよ」とか言ってたりして、
一体どんな作品になるのだろう、と思っていたら・・


なんと3年間かけて撮影したという今回の映画。


驚くような透明感と
力強い美しさにあふれるものでした。


今までの作品もそれぞれにすばらしかったけれど、
今回はまた桁外れにすぐれた作品です。
またも、歴史的な財産、です。


ホントにいい仕事してる。すばらしい。



南太平洋の島ツバル
ヨーロッパの都市ヴェネツィア
アラスカのシシュマレフ・・・


映画には世界のさまざまな場所で生きるひとたちの暮らしと
その土地が気候変動による水面上昇にさらされる様子が
淡々と映し出されます。


ナレーションも音楽もない映像は毅然としていて
いつの間にか観ている私も
その地に立ち、呼吸し、
陽射しや風を感じているような気持になってきます。


そして
自分の暮らす土地がだんだんと水に沈んでゆき
庭や、道路や、建物や、畑や漁場がなくなり、
やがて自分の家が、
そして足が濡れていることに気づいていく・・



舞台挨拶で話をしてくれた海南さんは、


「気候変動という課題を考えたときに
気候変動によって『失われて行くものとは何か』
をはっきり見つめたかった。
そして、
映像を観たひとが、
自分自身がそこに存在しているように五感をはたらかせ、
そこで暮らす人たちに共感を持ってもらえるように作りたかった」


と語ってくれました。


映画の説明には:

------
この作品は気候変動に揺れる三つの美しい島を見つめた作品です。

南太平洋のツバル、イタリアのベニス、アラスカのシシマレフ島。気候も文化も 異なる島でそれぞれに故郷を愛して生きる人々。撮影は、彼らの普通の“暮らし ”に焦点を当てて、3年がかりで行われました。絆を育む祭りや、長年受け継が れてきた伝統工芸、水辺のゆったりとした暮らし。そのどれもが、気候変動によ って失われゆくものです。

人々がもし、故郷の島を失うならば、長年育んできた固有の文化や歴史は“死” を迎えます。そのはざまで生きる姿は、私たちの未来を暗示しています。

あえてナレーションやBGMをそぎ落とした構成を選びました。波や風の音に耳 をすませ、子供たちの笑顔と旅する2時間余りの世界旅行。心を研ぎ澄まして内な る自分と向き合いながら見つめてほしいのです。本当に気候変動が起きた時、私 たちが一体何を失うのか?を。

-----


とあります。



私が海面上昇の危機を最初に耳にしたのはいつだろう?
50年後にはツバルがなくなる、と知ったのはいつだった?
北極の氷が割れて白クマが溺れ死んでいるのを聞いたのは?


それから、私は何をしただろう・・・?



映画は、ただ黙って、そこにあるものを映し出しているだけです。



彼女が手渡してくれたこの「体験」を
私たちはどう受け取ることができるか


もうすでに私たちの足は濡れていることに
どれだけ本気で気づくことができるか



この作品は静かに、深く、力強く
問いかけて来るようです。



日本での公開は来年の夏の予定ですが
たくさんの人に観てもらえるように、
私も、応援したいです。

みなさんもぜひ、この映画を観て、
そして感じてください。

そして、感想を共有してくれたら嬉しいです。




映画を観た直後の私の感想メモはこんな感じ・・



上昇する水面の底知れぬ美しさ。
それは人間の悲しみや恐怖さえ透明にしていくような力強さで
地表や石や樹木を静かに水底に抱きとってゆく。

そこに生きる人々の美しさ。
年月をかけて培われて来た暮らしは
その土地固有の性質に彩られながら
地球のいのちと循環してきた。


気候変動とは地球という惑星の自己治癒力のあらわれなのかもしれない。

だとしたら、この星とともに生き続けたいと願う、
この星のいのちの一部である私たち人間は
どんな未来を選ぶことができるのだろう。
これほどの選択をゆるされている人間とは
地球にとってどういう存在なのだろう。

この映画は、
宇宙から地球を見るに等しい視点の逆転を体験させてくれ、
私たちの地球意識へのシフトを加速する。





最後に、
ぎりぎりまで行けるかわからなかた私のチケットの心配をしてくれたCazman、
当日の整理券を並んでとってくれたゆまさん、
映画を観ている間、あまにゃん対応をしていてくれた
たかし、サミー、どうもありがとう!
&会えて嬉しかったマキさん、クッシー!
映画祭のスタッフのみなさん、
すばらしい映画を作ってくれた海南ちゃん&クルーのみなさん、
ホントにどうもありがとう!
みんなと共にあることを嬉しく思います。


この地球のうえで。
posted by yuka at 05:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月08日

なまえのない新聞

お久しぶりです。ゆかです。
そして、早々にごめんなさい。
「一ヶ月に二回更新」の目標は早くも消え去っていました・・
これからも「ときどき更新」しますので、遊びに来てください。
みなさんお元気ですか。
私も海那も元気です。

2009年9月号の「なまえのない新聞」さんに寄稿しました。
きちんと文章を書くのは久しぶりで、
しかも自分のことじゃないので
ちゃんと勉強しないとわからないこともあって勉強になりました。
貴重な体験に感謝します。
(声をかけてくださったまりさん、ありがとう!)

途中、書いていて涙が出てとまらないことがありました。
言葉にされたがっていた想いが、いっぱいあったんだと思う。
熱くなっているのは私だけ・・ということにならないように書いたつもりですが
人に伝わるように書く、という作業は本当にむずかしい。
これもまた勉強です。

なまえのない新聞、今号の表紙はやんばるの森の絵がとてもかわいくてすてきです。
ぎっしりと中身の詰まった新聞です。
どこかで見つけたらぜひ手に取ってみてください。

以下、ゆかの原稿です。
長いのでお時間のあるときに。

でも、まずはやんばるの森のことを知りたい人はコチラへ。
http://takae.ti-da.net/

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「夢をみよう。しっかりと目を開けて」

沖縄本島北部の自然豊かな地域、やんばる(山原)。
やんばるの森には、地球上でここだけにしかいない、ヤンバルクイナ、ノグチゲラなどの珍しい生きものが数多く暮らしている。

日本の全面積の0.1%にも満たないこの森に、イタジイやオキナワウラジロガシをはじめとする1250種余の植物と、約3700種の動物(全国の10分の1を占める)が棲息し、天然記念物、絶滅危惧種、希少・貴重生物の宝庫だ。生物多様性に富むその自然は東洋のガラパゴスともよばれ、世界の学者・研究者の間でも定評がある。


そんな言葉を聴くだけで、私の細胞は深い森の空気を呼吸しはじめるようだ。
いのちの源、やんばるの森へ行ってみたい。常緑樹の木かげに憩い、岩から沁み出す清流に身体を浸したい、森に抱かれたい・・
でも私がやんばるの存在を知ったのは、息を飲むような美しい写真集でも
旅のガイドブックでもなかった。


やんばるの森にアメリカ軍のヘリパッドが作られようとしている。
森を埋め尽くしている木々を切り倒し、いのちに満ちた大地をアスファルトで覆い、
そこで米軍のヘリコプターが一日中離着陸の訓練を繰り返すーー。
私の耳にそのニュースが飛び込んで来たのは、2007年のことだった。


すでにこの森には、沖縄で最大の米軍基地、北部訓練場がある。
(総面積7.800ヘクタール。那覇市の約2倍、東京ドーム約1700個の広さ。)
ここはジャングル戦闘訓練センターとよばれ、ここでアメリカ軍は実戦を想定した
訓練をくり返している。
ベトナム戦争中には猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤の散布が行なわれたことも明らかになり、基地の環境汚染も問題になっていた。


日本とアメリカの政府は、SACO合意による、このジャングル訓練場の一部返還のかわりに、やんばるの中にある高江という集落を囲むように、6ヶ所のヘリパット建設を決定した。武器弾薬を積んだヘリコプターが、連日連夜、離着陸を繰り返すヘリパット。
そんな危険なものが村を取り囲むように6つも作られるのに、その村に住んでる人たちには何の相談もなく、日本の政府とアメリカの政府だけで勝手に決定してしまったのだ。

これまでも高江は北部訓練場から離着陸するヘリコプターの爆音や墜落の危険にさらされてきた。
「まるで戦争映画のようにいきなり大爆音でヘリコプターが間近に現れ恐ろしかった」
「夜も10時頃まで家の上を飛ぶ。窓ガラスはビリビリ、茶わんはガタガタ」
「子どもが夜中に泣きわめく。こわいこわい、と」
住民の声からは日々の生活と隣り合わせの不安がリアルに伝わってくる。


高江の住民は、2006年2月にヘリパット建設反対を決議。
でも日本政府はその声を無視して、2007年7月、強行に工事を着工した。
その日から住民たちは一日も欠かさず交代で建設予定地のゲートの前に座り込み、
計画の見直しを訴え、工事を止め続けている。
その現状を知り、全国各地から駆けつけた支援者は1万3千人以上にのぼるという。


驚くことに昨年11月には、沖縄の防衛局は座り込みをしている住民14人に対して、
工事車両が通れない妨害行為だとして、通行妨害禁止の仮処分を那覇地裁に申し立てた。
日本の政府は、法の力を使ってまで、住民の座り込みをやめさせ、アメリカ軍のヘリパットを作ろうとしている。
それもすべて私たちの税金を使って。
静かな暮らしを守りたい、子どもたちに美しい森を残したい、と願っている人を
なぜ、国は裁判で訴えなくてはならないのだろう?
住民たちは、この申し立ての却下を求める署名を全国に呼びかけているまっ最中だ。


映画「心〜ククル〜UAやんばるLIVE」は、
そんな高江の現状を知った、歌手UAによるやんばるの森でのLIVEと高江の様子を伝える映像だ。
「魂が喜ぶ場所。地球の生命力を感じさせてくれる場所。残さなきゃいけない場所だと思った。自らが唄うことによってやんばるの森のことをひとりでも多くの人に知ってもらいたい」
UAの思いが森の魂と響き合い、集まったみんなの祈りを力に変えてくれるようなLIVEの様子を映画は淡々と映し出す。観る者はまるで自分もそこに参加していたかのように感じ、やんばるで起きていることをもう他人事とは思えなくなる。

映画の中には、自然破壊と戦争にできるだけ加担したくないという思いから
自給自足をめざして暮らしている森岡尚子さん家族も登場する。
「私たちは知らないうちにこの仕組みを支えてしまっている」と尚子さんは語る。
「もっと知った方がいい。もっと想像した方がいい。毎日の暮らしの中の何げないひとつひとつが全て世界とつながているということを」

そう、この基地は、日本の国民のためでもない。アメリカの国民のためでもない。
でもたとえ戦争をすることで潤うひとがあっても、
限られた地球資源を奪いたいひとがあっても、
お金と市場を手中に収めたいひとがあっても、
そのひとだけでは戦争はできないのだ。
ならば、基地を、戦争をなくすことができるのも、やはりわたしたち自身にほかならないだろう。

LIVEのなかで、UAがみんなに問いかけるシーンがある。
「夢」という言葉の反対は、なんだか知っていますか。
最近の子どもは「現実」って答えるそうですが。夢の反対は「絶望」です。と。


そのとき、私は深く了解した。

平和な世界を夢みて活動をしてきて、いつも疑問に思うことがあった。
なぜ、自分はそんなにも戦争をよくないと思うのか。
もちろんひとの命や環境を破壊することは絶対にしたくない、あってはならないと思う。
でもそれと同じようにあってはならないのは、人間から夢見る自由を奪うことだ。
わたしたち人間は、夢見ることで現実をつくりだし、明日への希望を持って生きる生き物だ。
でも、ひとの魂から夢をみる自由を奪い、絶望させるのが戦争だ。
自分が本当は信じていないものを信じている振りをし、納得していないものを受け入れさせ、やりたくないとことをやらせる、それは、ひとから夢みる自由を奪い絶望させること、つまり人間にとって死を意味することだ。
それこそが戦争であり、戦争にいたるみちだ。

だとしたら
私たちはもっと自由に夢みることで、
戦争の文明を退け、世界を私たちののぞむ方向に作っていくことができるのだ、
と、そのときはっきりとわかったのだ。


映画の上映後、監督のキム・スンヨンさんは、
「子どもが生まれるまでは迷いがあった。
でもいまは、基地はいらない、ということがすっとわかる」と話してくれた。

子どもは、私たち人間の未来の夢そのもの。
何かを決めるとき、7世代先の子どものことを考えて決定をするアメリカの先住民族のように、私も自分の子どもに自信を持って手渡せるものを残したい。
生態系豊かないのちの森と、戦争のための基地。
その対比の鮮明さは私たちのいまの姿を照射しているようだ。


この映画はいま全国で上映され、やんばるを守りたいという声がさざなみのように広がっている。
ちいさなひとしずくにしか見えないかもしれない、上映活動や署名や募金や、伝えること、現地へ行くこと、メディアに訴えること、そのどれもがかけがえのない力となって、私たちの夢見る現実があらわれるだろう。

太古の昔から無数の生命を育んできたいのちの森と未来の子どもたちが私たちを見つめている。
夢を見よう。しっかりと目を開けて。

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2009年06月21日

トーク「自然誕生に込めた思い」


いつもお知らせが直前でごめんなさいmm
出産でお世話になったバースハーモニーの助産師、斎藤純子さんの
トークをご紹介します。
いろんな発見と気づきにあふれるすばらしいお話です。
私も、お産の体験談を少し話させてもらいます。
そして、なんと、やはり純子さんに第一子をとりあげてもらった
パーカッション花さんとのセッションも!
楽しみです!

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6/21(日)15:00〜17:00
妊娠中・子育て中の方 必見!
自然誕生に込めた思い
赤ちゃんの生まれてくる力を信じて
http://www.nh-plants.com/news/entry.php?eid=00036

■会場 ナチュラル&ハーモニック プランツ内 セミナールーム
 神奈川県横浜市都筑区中川中央1-25 ノースポート・モール B2F
 横浜市営地下鉄「センター北」駅 徒歩1分)

■参加費 3,500円 (各講演会共通)
 ※弊社個人宅配「ハーモニック・トラスト」の会員様は3,000円
 ※お振り込み手数料は参加者様にご負担をお願いいたします。

■定員 各講演会 60名様 ※定員になり次第、締め切らせていただきます。

各イベントのお問い合わせはこちら
ナチュラル&ハーモニック プランツ
TEL:045-914-7505(電話での受付時間10:00〜21:00)
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当たり前のことですが、妊娠から出産への一連の過程は病気ではありません。自然に経過しているかぎり、赤ちゃんはパニックになることなく、自分の力で誕生し、人生第一歩の大きな学びを得ることができます。「どんな困難でも、自分の力で乗り越えることが出来るものだ。そしてその後は、すてきなことが待っている」と。でも、実際には妊娠と同時に多くの人が当たり前のように病院に行き、数々の医療処置を受け、お産とはこういうものだ、と何の疑問も抱いていないのが現状ではないでしょうか?一方で、自然に産みたいというお母さんも、たくさんいらっしゃいます。赤ちゃんにとって、自然に生まれるとはどういうことか、生まれてくる子どもがその子らしく取り扱われることの意味をお話しします。

■特典・・・2008年講演の内容を収めた講義録付き!


講師 齊藤 純子氏
/1999年横浜市青葉区に助産院バースハーモニーを開設
 助産師・保健師・看護師&4人の男の子の母
自宅出産介助実績 約300件(2008年5月現在)/兵庫県姫路市藤森看護専門学校 第一部卒業/愛媛県立公衆衛生専門学校(現、愛媛県立医療短期大学)健婦助産婦科卒業/日本医科大学付属第一、第二病院勤務/横浜市青葉保健所、その他、クリニック、助産院勤務/専業主婦、4人の男の子の出産を経て、開業

聞き手 田辺 寛雄/株式会社ナチュラル・ハーモニー宅配事業部長
1997年8月ナチュラル・ハーモニー入社。医者にもクスリにも頼らない生き方を実践しながら、自然栽培と天然菌の普及につとめている。2001年に長男の助産院での誕生を機にバースハーモニーに出会う。2004年の次男を齊藤純子先生の介助で誕生。2人の子供は予防接種も受けず元気に育っている。誕生は植物でのタネから発芽にかけての瞬間。土や植物、赤ん坊の立場で見つめ直すとき、本来の自然が見えてくると感じている。

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2009年06月08日

「あまなはだれがつくったんだろうね?」



「あまなはだれがつくったんだろうね?」



「えっ・・?」

思わず聞き返してしまった。

それは、海那のリクエストの「うさぎちゃん」の刺繍をしているとき。

私の傍らで、

「うさぎちゃーん、もうすぐあえるね〜
うまれてきたら、あまながだっこしてあげるね〜」

と、お針箱のまわりをあれこれいじりながら、
手しごとをしている私にくっついて
話しかけていたときのこと。

「うさぎちゃんできたら、
うさぎちゃんのおとーたんもつくってね、おかーたんもつくってね、」

と言う海那に、

「そんなにみんなすぐには作れないよ、ひとりずつ、ゆっくり、じゅんばんじゅんばんだよー、時間がかかるんだよー」

と私が答えると、

ふと海那の言葉が止まり、
私の手先を見ながら、
しばらくして、

「あのたあ、あのたあ・・」

と、なぜか、もじもじしたようなそぶりを見せる海那。

「どうしたの?」

と私が聞き返すと、

「あのたあ・・・
この、あまなの、この、おなかとか、せなかとか、あたまとかあ、」

(と、言いながら、自分のお腹や背中や頭を
両手でぽんぽんとたたきながら、)

「これ、ぜんぶ、ちゃんとできてるのはたあ、
ぜんぶ、だれがつくったんだろうね・・?」


という問いがやって来た。



うわあああーーーーーーーーーー
びっくりしたようーーーーーーーーーー



2年と半年、この世で生きると、
人はもうそんなことを考えるようになるのか?!


それはもう虚をつかれたとしか言うしかない状態、
すっかりびっくり仰天しつつ、

「そうだねえ、だれが作ったんだろうねえ?
海那はだれが作ったんだと思う・・?」

とかろうじて私が聞くと、

「うーん・・・、わかんない。」

との即答。

「じゃ、だれが作ったのかなあ? って考えてみたらどうかなあ?」

と、どきどきしながら問い返すと、

「うーん、うーん・・」

と、

しばらく考えて、

やってきた答えが、

「しょくにんたん、かなあ・・」


なんと・・・、「職人さん」・・・!

おお、なんと適切な答えなんだろう!

これにはさらにびっくり!!


大まじめな顔の海那を目の前に
決して笑えないまま、
もうひとこと、

「どんな職人さんだろうねえ?」

とさりげなく聞くと、

「えーと・・、
あの、おさんぽのとちゅうで、
こやって、こーじしてる しょくにんさんかなあ・・?」

という、これまた
おおまじめな言葉。


ああ・・

海那の世界は、うつくしい。
うつくしくて、やさしくて、
そしてなんて力強いんだろう。

こんなに近くにいて
毎日いっぱい抱きしめて、頬ずりして、
一緒に遊んで笑って泣いて、
一緒に眠っているのに・・・

この人の生きてる世界と
私の生きている世界はこんなにも違うんだ、

というショックに
うたれてしまった。

こんな、繊細でやさしくて美しい世界の住人と
自分は暮らしているんだ、
と思ったら、涙が出そうだった。


そして、いつもの海那なら、
納得する答えが聞けるまで決して引き下がらないのに
このときは、なぜか、

「そうかあ、職人さんかあ、どんな職人さんかなあ〜?」

と、さらに質問する私に、

「うーん・・わかんない・・」

と、答えて、
それ以上は追求する気配を見せず
さりげなく別な興味に移って行ってしまった。


私のなかでは
一瞬のうちに無数の答えが頭のなかをかけめぐったけれど、

何も答えられないままこの話題は過ぎ去ってしまった。

残念でもあり、
心残りでもあったけど、

でも、この問いは、きっとまためぐってくるんだろう。

私に直接投げかけられることはなくても
彼女のなかに何度でも浮かんでは消えて・・

そして、問いを重ねるごとに、
彼女のなかで、答えが育っていって、

その問いを問いかけることが、そのまま
彼女が自分の人生を生き抜く力になるのかもしれない、
そんな予感がした。

そう、私があげたい答えはたくさんあるけど、

でも、人から教えられた言葉をただ鵜呑みにするのではなく、

彼女が自分自身でその答えを感じられるような、
自分の納得できる答えを導き出せるような、
そんな体験を重ねながら生きて行けたらいいな、

と心から願わずにはいられなかった。

あげたい答えはたくさんあるけど、
それが彼女の問いを止めてしまうのでなく、
彼女の問いを解き放つような、

そんな対話や体験を重ねる関係で
一緒に生きて行けたらなあ、
共に育って行けたらなあ、と。

そのために必要なことはなんだろう・・、

と思いをめぐらすと、
問われるのはまぎれもなく、私、自身。


厳然たる、彼女という一人の人格を目の前に、
私自身がどう生きているのか、を、
しっかりと見つめつづけること。
それしかない、と思った。


わたしはだれがつくったんだろうね・・?
なんのためにつくったんだろうね・・?

海那の心のなかに生まれた
あたらしい問いのようにみずみずしく、

私も、私の人生という場でその答えを生きていきたいと
深く静かに願わずにはいられなかった。


母の醍醐味の泉がこんなところにも沸いていて、
今日もその清々しい地下水を
全身にたっぷりあびながら・・


それもこれも、
今日ここにあることのおかげ。
すべてのめぐり合わせに
限りなく感謝しつつ。



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2009年05月22日

おニンギョさんできた!

おニンギョさん、できた!

半年がかり(もっと?)で作っていたお人形が
ようやくできあがりました!

お母さんになったら、子どもにお人形を作ってあげよう
赤ちゃんの傍らでちくちくと・・・
なんて夢見ていたのだけど、

生まれてみたら、そんな優雅な時間はどこにもなく
1歳半を過ぎて、ようやくわずかな隙間に
手しごとの時間を持てそう、と思うことができました。

「あまなのお人形さん、一緒に作ろうね〜!」と盛大なふれこみで
わくわくしながら作り始めたものの、
実は相当に手間ひまのかかる地味〜な作業の連続。

しかも、一緒に、とは言っても、海那にできることはほとんどなく、
どちらかというと、
「お願いだから手は出さないで〜」という現実。

あまなは「なにつくってるの〜」と膝に背中に乗ってきて、
「かっかあ〜、あそぼうよう〜」と腕をひっぱり、首にぶらさがります。
「これなに〜?」と裁縫箱のひとつひとつをつまみ出します。
この間、海那は、なんと針の扱い、はさみの扱いが
とっても上手になりました。

「あまなのおともだちの、おにんぎょうさん作ってるんだよ〜」と言うと、
「おニンギョさん、どこ?」
「だから、いま、つくってるんだよ。
あまなちゃんとあそびたいって生まれてくるんだよ〜」
という会話をなんどくり返したことか・・・

最初は興味津々だったのが、
やがていつまでたってもできあがらないことにしびれをきらしたのか、
「またやってる」「それよりあそんで」という反応になり、
「かっかああ〜おニンギョさん、まだあ〜?」と持て余した様子。
海那の傍らで15分以上の作業はできませんでした。

そして、いよいよボディに腕がつく、という工程のとき。
腕の付け根をかがるのがなかなかすすまず、
何日もボディから羊毛がはみ出したままの姿でいるのが気になったらしく、
「おニンギョさん、お手て、どうしたの?」
「今ね、お手て、つけてあげてるところなんだよ」
と言うと、
はっと、自分の脇の下へ手をやり
「あまなは・・もうできてる・・? ちゃんとくっついてる・・?」
と大まじめな顔で調べだしました。

思わず笑いそうになりながら、
「大丈夫だよ、海那は、お手てもあんよも、
ぜーんぶちゃんとくっついて、完璧にできあがってから生まれて来たんだよ」
と言うと、
「とっかとっか〜(そっかそっか)、とうだったねえ〜」
と安心して、もうどこかへ遊びに行ってしまいました。

なんていとしいヒトなんだろう。

思わず針をおいて、後ろ姿を見つめてしまった。
この会話を交わせただけでも、
お人形を作った価値はあったなあ

彼女は、いのちが生まれるには時間がかかることも、
自分が今生を生きるのに完璧な形で生まれて来たことも
その心に感じ取ることができたんだなあと・・

その後も、人形がヒトの形になるにつれて、
「おニンギョさん、なんではだかなの?」と心配してくれたり、

無事に髪の毛がついて、
「もう抱っこしていいよ」と渡してあげると
まるで自分がかわいがってあげなきゃという様子で
顔の横にぎゅっとくっつけて、しっかり抱きしめてくれました。

「お人形さんになんて名前つけてあげようか〜」
と言うと
「おニンギョさん」との即答。

「え・・もうちょっとかわいい名前はどうかな〜?
いちごちゃんとか、エリザベスちゃんとか〜?」
「だって、おニンギョさんは、おニンギョさんだもん!」
ということで、
お人形さんのなまえは、「おニンギョさん」になりました。
(「お人魚さん」にも聴こえます;)

名前が決まってよかったね!


お人形は嬉しいこと悲しいことをなんでも分かち合える
大切な友だちでもあり、自分の分身でもあり、

いつもそばにいてくれて、
遊んだり、お世話をしてあげたりしながら
一緒に育ってゆく同志のような存在。

私も幼いとき、ずいぶんいろいろなときに
助けてもらった気がします。

作っているお人形が、ようやく抱っこできる形になったとき、
嬉しくて思わず抱きしめると
お人形はやわらかくて、あたたかくて、きもちよくて、
ただ抱っこしているだけで気持が落ち着いた
幼い頃の「あの感じ」がよみがえりました。

そんな感覚が自分のなかに眠っていたことにも驚いてしまって、
そのぬくもりの体験が
私の成長の年月の中でどんなふうに作用していたんだろう、
と思いを馳せれば、
それはどのまま
目の前の海那がどんな育ちの日々を生きていくのだろう、
という眼差しにつながり、
それを共にする自分自身のこれからの旅へと還元し、

ほんのり笑っているように見えるお人形をまえに
思いはどこまでもめぐり、広がっていくのでした。

おニンギョさん、
ここへ来てくれて
どうもありがとう。

一緒に、育っていこうね。


海那:2歳5ヶ月






posted by yuka at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

卒乳へのいっぽいっぽ


卒乳へのいっぽいっぽ


アマナ、2歳4ヶ月
ついにそのときが近づいてきている気配です。


永遠に続くかと思えた
アマナの「パイ」好き。

生後3ヶ月までは寝ても覚めても
1、2時間おきのパイ暮らし。

少しずつご飯を食べるようになって
間隔が間遠にはなっても
パイの量は減らず、

1歳頃からは、
毎日どのくらい飲んでたんだろう、
600cc?800cc?
ごくごく飲んだあと、げっぷをするのには
苦笑してしまった。

でもその満足そうな顔があまりにかわいくて・・

母は毎日パイのすぐ出る授乳服を着て
丼2杯を余裕で食べたうえに
夜中もお腹がすいて何か食べていました。

気分は
24時間営業のパイ屋さん。


「2歳になったらパイとバイバイしようね」
という約束はしていたものの
いざ誕生日に「もうパイはお終いだね」と言ったら
大泣きの嵐。

何が何でも泣き止まず、
どうにもこうにも
こっちが根負けして

やはりパイの日々が続いていました。


明け方のパイ
目覚めのパイ
食後のパイ
お昼寝のパイ
手持ち無沙汰のパイ
気分転換のパイ
転んだときのパイ
寂しくなったときのパイ
ねんねのパイ
夜中のパイ
・・・・

特に夜中に2回のパイに
母は睡眠不足でへとへと

朝起きると、
焼きたてパンのようにぴかぴかのアマナと
夜中の間に栄養を全部吸い上げられて
干上がった母との対比は著しく


パイでお腹をいっぱいにしているので
食事の量も全然増えず、
2歳になってもご飯3口の世界


さすがの母もこれでは身が持たないと思い

4月になったら
「もうお姉さんになったから、パイとバイバイしようね」
と話しかけてきたのです。


最初はイヤイヤと抵抗していたものの、
今度ばかりは母も腰を据えて
大泣き大暴れ大荒れ覚悟で挑んだので

まずは夜中のパイをなくして・・
目覚めのパイをなくして・・
そのうち昼間のパイも減らして・・

先週、ついに、
ねんねのパイだけになりました。

母としては
それだけでもう充分
感動なのですが


ホントは「パイちたい」
と言いたいのを我慢して、
「あのたぁ、なんか食べたい・・」
とお願いしてくる
いじらしさが胸に沁みます。

小さいなりに
ひとりの人間として
意地やためらいの葛藤を体験して
乗り越えようとしている姿にうたれます。


ねんねのパイを卒業できたとき
涙が出るのは母の方かもしれません。


卒乳は人生初の通過儀礼かもしれません。

母にとっても、
母になって初の通過儀礼かもしれない。


たくさんたくさんパイしたこと、
その大好きなパイと自分でバイバイしたこと、が

彼女のこれからの人生を生き抜く力になりますように。


ひとを見守るという作業は
自分を試されることだと感じる。

問いかけは、常に自分自身に向かっている。







posted by yuka at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする